第六十四段「吾が間をして必ず探りて」


今回は「用間編」から、

実際の諜報活動のさらに具体的な方法について。


 「およそ攻撃したい軍隊や、攻略したい城邑や、暗殺したい要人については、必ずその軍隊指揮や城邑守備や要人警護などの任に当たる将軍や、左右の側近、謁見の取り次ぎ役、門衛、雑役係などの姓名を事前に割り出した後、配下の間諜に必ず彼らの身辺に探りを入れさせて、それらの人物の履歴、性癖、境遇などを調べ上げさせよ。」


 この段では、実際に戦闘行動や非公然活動を実行するに当っても、自前の情報収集活動の実施が必要である事を述べている。


戦闘行動において「謀攻」を計る場合、指揮官の抱きこみが可能であるならば実施しない手はない。


また、要人暗殺を行う際にもその警備状況や、側近など様々な周囲の人間の身辺調査は不可欠である。


その地位が低ければ低いほど、なりすまし等の準備活動は容易である。


また要人に近い人間であっても、その履歴に弱みを持つ者や、境遇に不満のある者、金銭や女性に弱い性癖を持つ者が存在するならば、これを利用しない手はない。


諜報活動の原則をより細やかに説明した段であると言えよう。



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第六十三段「三軍の親は、間よりも親しきは無く」

 
再び用間編から。


ここでは、スパイを使用する際の「君主」


即ち政策決定者の心構えといったものが述べられています。


「そこで全軍のうちでも、
君主や将軍との親密さでは間諜が最も親しく、
恩賞では間諜に対するのが最も厚く、
様々な軍務では間諜の行うのが最も秘密裏に進められる。
君主や将軍が俊敏な思考力の持ち主で無ければ、
軍事に間諜を役立てる事はできず、
部下への思いやりが深くなければ、
間諜を期待通りに忠実に働かせる事ができず、
微妙な事まで察知する洞察力を備えていなければ、
間諜のもたらす情報中に潜む真実を選び出すことができない。
なんと計りがたく、
奥深い事か、
およそ軍事の裏側で、
間諜を利用していない分野など存在しないのである。 
君主や将軍が間諜と進めていた諜報・謀略活動が、
まだ外部に発覚するはずの無い段階で、
他の経路から耳に入った場合には、
その任務を担当していて秘密を漏らした間諜と、
その極秘情報を入手して通報してきた者とは、
機密保持のため、
ともに死罪とする。」




 前段までの諜報活動の重要性を踏まえて、最初の段落では、間諜を如何に扱うかについて述べられている。



第一に政策決定者、軍指揮官と間諜の意思疎通の重要性、
第二に間諜に対する恩賞の重要性、
第三に間諜の行う任務の秘匿の重要性が述べられている。



政府及び軍指揮官との意思疎通がままならない状態では、いかに優れた間諜も、その任務の最も重要な点の一つである「情報の伝達」を完遂することは困難となる。そして恩賞を十分に与えなければ、「反間」の事態を招く事にもなりかねず、また常に生死を争う事態に自らを投げ込むような間諜の任務の性質に鑑みれば、厚く待遇する事は合理的であり、そうでなければその士気にも関わるであろう。そしてその任務の秘匿性が確保されなければ、その任務の成功率は限りなく低くなるであろう。まさに「兵とは詭道」なのである。
 


 次の段落では政策決定者、軍指揮官の心構えといったものが説かれている。諜報活動全般に及ぶ物事の判断が優れていなければ、如何に貴重な情報であってもそれを生かすことはできず、間諜の生死を賭した職業的運命を配慮する思いやりがなければ、その忠誠を保つ事はできず、情報評価が確実に行われなければ、敵国のディスインフォメーションにあっさり乗せられてしまうような事態を引き起こす事となる。 「およそ軍事の裏側で、間諜を利用していない分野など存在しないのである」この言葉は、現在の我が国が最も認識しなければならない言葉の一つであるということができよう。 



 最後の段落では、機密保持の重要性を説いている。諜報・防諜活動そのものの漏洩は、その規模によっては国家の存亡を左右するものともなる。ここでは関わった者全てを死罪とするとされるが、現代においてこれを解釈するならば法に則った処罰及び対処を行うものと解釈するのが適当であると考えられる。ここで死罪と述べられているのは、「厳格な対処が必要である」との意味を特に含んでいるのであろうと考えられるからである。防諜活動をも念頭に置いた先人の兵法から、我々が学ぶところは非常に大きい。法に則り処罰するべき行動が存在するにも関わらず、準拠すべき法が存在しない我が国の実態というのは非常に危険な状態であると言わざるを得ない。


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第六十二段「間を用うるに五有り」


用間編の続きです。


今回は、スパイの実際的な運用法について。


これが二千年前に既に考えられていたこと自体が驚きと言わざるを得ないでしょう。


それと比較すると、現在の我が国の実態は非常に問題があるということが自ずと見えてくると言えます。




「そこで、
間諜の使用法には五種類ある。
因間があり、
内間があり、
反間があり、
死間があり、
生間がある。
これら五種の間諜が並行して諜報活動を行いながら、
互いにそれぞれが位置する情報の伝達経路を知らずにいるのは、
これを神妙な統轄法と称し、
人民を治める君主の貴ぶべき至宝なのである。
生間というのは、
繰り返し敵国に潜入しては生還して情報をもたらすものである。
因間というのは、
敵国の民間人を手づるに諜報活動をさせるものである。
内間というのは、
敵国の官吏をてづるに諜報活動をさせるものである。
反間というのは、
敵国の間諜を手づるに諜報活動をさせるものである。
死間というのは、
虚偽の軍事計画を部外で実演して見せ、
配下の間諜にその情報を告げさせておいて、
欺かれて謀略に乗ってくる敵国の出方を待ち受けるものである。」



 


この段では五種類の間諜の解説を行っている。つまり、因間、内間、反間、死間、生間である。



?「因間」
これは敵国の民間人を利用した諜報活動、現在でいう所の「現地エージェントの開拓」である。
例えば、圧政を敷く敵国の反体制グループなどを自国情報要員が利用する場合などを言う。
敵国の民主化を名目に、NPO団体構成員などを装い、対象に接近していく方法などが考えられうるであろう。
この活動では情報収集だけでなく、当該民間人を利用した世論誘導や破壊活動の煽動を通して社会不安を煽るなどの工作・謀略活動も可能である。



?「内間」
 これは敵国の政府職員、政府関係者を利用した諜報活動であり、最も精度の高い情報が得られる事もあり、情報収集活動としてはかなり有効なものであると考えられる。
閑職に追いやられた者を買収に手を染めさせ、出世願望の強い者の功名心に火を付け、その証拠をこちらが握ったならば彼はもう後戻りはできない。
金に目が無い者、女性に目が無い者の引き込みは非常に容易である。
この活動は、我が国においても数多く事例が見られる。

また、この活動においても、自国側が掌握した、対象の「弱み」を利用した工作・謀略活動が可能となる。
自国に不利となる政策決定を妨害したり、自国に有利となる政治活動を対象に行わせるものがその例としてあるだろう。
諸国間の往来が容易となった現在では、自国から諜報員を派遣せずとも、外交使節団として来訪した者をその対象とすることも可能である。



?「反間」
 これは敵国の諜報員を利用した諜報活動、いわゆる「二重スパイ」である。
これに関しても、自国から派遣した諜報員には得る事のできないような重要な情報を握った者が多いため、情報収集の手段としては非常に有効である。
これには防諜活動を実施する中で捕獲した者、敵国の待遇に不満のある者を掌握する方法があるだろう。
捕獲した者に関しては、その捕獲と情報の漏洩が露見した場合、本国に戻ったとしてもその身分保障は非常に危ういものとなるため、その秘匿を条件にこちら側のための活動に従事させる事が可能である。
待遇に不満のある者に関しては、破格の待遇によってこちらに迎え入れる事が肝要である。
第六十段にあったように、間諜に対する恩賞を惜しんで敵情把握に努めないのは、「不仁の至り」である。
その利点としてはこの活動が露見したとしても、敵国諜報員が処罰されるのみであり、自国には被害が及ばない。
但しそれは自国が関係した証拠を一切残さない事が原則であり、そうすることにより敵国のスパイ派遣を外交的問題として非難することも可能となる。
逆に注意すべき点として、敵国の意図を持って故意に二重スパイになろうとする者がいることである。
後に述べる「ディスインフォメーション」や、様々な工作・謀略活動の原因を作ることになるため、そもそも二重スパイとは「裏切り者」であるのだから、その身辺調査には万全を期す必要がある。


?「死間」
 これは虚偽の情報を敵国側に伝達する、いわゆる「ディスインフォメーション(偽情報)」である。
外交上の情報であっても、軍事上の情報であっても、利害関係国及び敵国に、自国の実情を知られることなく事を進める必要があるのは自明の理である。
国家間の国際取引を行う場合、実際は3万ドルでの妥結を目論んでいたとしても、最初からその値段を知られていれば、実際にはその値段での交渉成立は難しい。
そこで「2万ドル程度で考えているそうだ」などの情報を流しておけば、後に3万ドルという数字を提示することによってこちら側に有利な取引が可能となる。
軍事においても、自国の虚偽の戦略的欠点を故意に漏洩させることにより敵国を油断させる事が可能である。
ある地点の防備が脆弱であるとの偽情報を敵国に流し、実際は強固に布陣していたならば、戦局の推移は非常に優位である。
また、偽のテロ情報を流し治安機関の目を逸らし、本来の任務であった情報収集活動を行うといった陽動作戦としてもこの活動は有効である。
謀攻編第十三段「彼を知り己を知れば百戦危うからず」にあったように、「計略を仕組んでそれに気付かずやってくる敵を待ち受けるのは勝つ」のである。
このように、偽情報を飛び交わせることにより真実を見えなくする手法は現在でも行われている情報任務の基本中の基本であり、情報収集の手段としても、防諜活動の手段としても非常に有効である。



?「生間」
 これは敵国で情報を収集し、自国に生還し伝達する、本来の意味での「スパイ」である。
諜報活動というと主にこれが念頭に置かれるが、他者に情報を探らせるのではなく、特にその諜報要員自らの技量によって情報収集を行うことから、その育成には多大な時間と費用を要する。
しかしそれに鑑みても、この要員の活動によって、何らのフィルターを通さない、いわば「生の」情報が得られる事を考えれば、その労力は費やしても費やしすぎる事はない。
このような活動には、やはり連綿と継がれる「職人芸」の如きノウハウが必要となる。
戦後ぷっつりと途絶えてしまった我が国の諜報活動は、小手先の対応ではなく、一から構成し直す必要があるようにも感じられる。
それが「己を知り」、自己反省をした上での結論ではなかろうか。



 そして、これらの五種類のスパイが相互に作用しながら活動していく事により、複合的な効果を得る事ができる。それが引き起こす結果に関しても把握、理解するのが「君主」、即ち政策決定者の責任である。上記のような「情報戦」は、実際の戦闘行動と同様に、必ず不確定な要素が付きまとう。
そしてその要素次第では、予期せぬ結果や突発的な事態を招く可能性も十分に考えられる。
それに対し、事前に対策を練ったうえで冷静に対処できないようでは、「君主」としての資格は無いと言わざるを得ない。そしてそのような君主に忠誠を誓う諜報員は無に等しいであろう。



 また、スパイの運用法で重要な点として、
「互いにそれぞれが位置する情報の伝達経路を知らずにいるのは、これを神妙な統轄法と称し、人民を治める君主の貴ぶべき至宝なのである。」
つまり、敵国に送り込んだスパイは、各個独立して行動すべきことを述べている。
それぞれのスパイが頻繁に連絡を取り合い、複合的に動くならば、合理的な情報収集が可能となり、一面的には優れた手段であるように見えるが、その要員が一人でも捕獲されたならば、いわば芋づる式に全要員が捕獲される事態を招きかねない。
複合的にスパイ網を構築する場合であっても、その各個の位置情報や情報伝達経路については互いに知りえないようにしなければ情報収集活動そのものの破綻を招く事となる。
現代の進歩した技術が、それを容易にするであろう。
こうした運用法が「君主の貴ぶべき至宝」であるのと同様に、この文言は五つの間諜そのものを修飾する言葉でもある。
自国の利益の伸長だけでなく、自国の防衛にとっても、諜報活動というものは欠かす事のできない存在である。
そして決してその活動が表沙汰になることなく、英雄ともなり得ないにも関わらず、自らを死地に投入してまで自国のためにその任務を果たす諜報要員の自己犠牲の精神に、我々は最大限の敬意を払わねばならない。
ある者は国民のさらなる利益伸長のため、ある者は民主主義の擁護のため、それが「君主」、即ち政策決定者自らの利益のためだけに使われるのでなければ、それはまさに国家の「宝」と呼ぶことができよう。
軍事・情報機関が弱体化していく原因は、政策決定者がその機関を自らの為だけに使い始めるところから始まるのである。


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第六十一段「敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」


ここからは、下にもありますが「用間」、つまりスパイの運用法についての検討です。

いかに情報収集活動が重要なのか。

いかに敵の情報収集活動を防止することが重要なのか。

これについて考えていきましょう。


第十二章 用間編
 ここでは「用間」、つまり間諜の運用法について特に述べられている。二千年もの昔にこのようなスパイの研究がなされていたというのは驚くべき事であるが、現代においてもその本質は古びたものではない。原則というものを提示しているからこそ、現代においても活用すべき点が多々あると考えられる。以下、用間編の全編を検討していきたい。



第六十一段「敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」



孫子は言う。およそ十万規模の軍隊を編成し、
千里の彼方に外征するとなれば、
民衆の出費や政府の支出は、
日ごとに千金をも消費するほどになり、
遠征軍を後方で支えるために朝野を問わず慌しく動き回り、
物資輸送に動員された人民は補給路の維持に疲れ苦しんで、
農事に専念できない者たちは七十万戸にも達する。こうした苦しい状態で数年にも及ぶ持久戦を続けた後に、
たった一日の決戦で勝敗を争うのである。



かくも莫大な犠牲を払い続けながら、
ただ一度の決戦に敗北すれば、
これまでの努力すべてが一瞬のうちに水の泡と消えてしまう。
それにもかかわらず、
間諜に爵位や俸禄や賞金を与える事を惜しんで、
決戦を有利に導くために敵情を探知しようとしないのは、
民衆の永い労苦を無にするもので、
民を愛し哀れむ心のない不仁の最たるものである。
そんなことではとても民衆を統率する将軍とは言えず、
君主の補佐役とも言えず、
勝利の主催者ともいえない。
だから、
聡明な君主や智謀の優れた将軍が、
軍事行動を起こして敵に勝ち、
抜群の成功を収める原因は、
あらかじめ敵情を察知するところにこそある。
事前に情報を知ることは、
鬼神から聞き出して実現できるものではなく、
天界の事象になぞらえて実現できるものでもなく、
天道の理法と付き合わせて実現する事もできない。
そうした神秘的方法によってではなく、
必ず人間の知性の働きによってのみ獲得できるのである。」
 


実際に戦争を開始する段になると、その戦闘規模にもよるが、現代であれば陸海空軍及び海兵隊を戦時編成し、それを敵地に派兵していくには莫大な予算が必要となる。そして民衆は戦時経済の統制下に置かれ、重税に苦しむ。また避難訓練や消火活動などの民間防衛業務に忙殺され、本来の業務に従事することが非常に困難となる。また、その形態が全面戦争であればこのような困窮状態が数年にも及ぶ。にもかかわらず、その勝敗を左右するただ一度の決戦に敗北したならば、戦時中の多大な犠牲や支出は全くの無駄だったこととなる。



そこで、孫子はスパイによる情報活動の重要性を説く。スパイに対する身分保障や対価の拠出を惜しんで敵情の把握を行わないことにより、逆に上記のような損害を被ることを述べている。そのような意思決定を「不仁の最たるものである」と口を極めて排撃しているように、情報収集活動を戦争の不可欠な要素として位置づけている。また、それは軍事行動の成否を左右するものでもある。「彼を知り己を知らば百戦して危うからず」との記述があったように、敵情把握と自己評価なしには戦闘行動における勝利は得られないのである。また、その情報収集活動の手法についても、神仏に祈ったり、星や太陽の動きから情報が得られるのではなく、実際の人間の活動によってのみ得られるという、当時としては非常に画期的な、現実的な視点を持って述べられている。これは現代においても、人的情報収集(HUMINT)が結局は決定的な鍵を握ると考えられている事にも通じる思想であろう。


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第十三段「彼を知り己を知らば、百戦して危うからず」


本日はかの有名な、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」です。


様々な分野、ひいてはエンターテイメントの世界においてまで引用されるこのフレーズ。


じっくりと理解すれば、実生活にも役立つでしょう。



 「そこで、勝利を予知するのに五つの要点がある。
第一に、戦ってよい場合と戦ってはならない場合とを分別しているのは勝ち、
第二に、大兵力と小兵力それぞれの運用法に精通しているのは勝ち、
第三に、上下の意思統一に成功しているのは勝ち、
第四に、計略を仕組んでそれに気付かずにやってくる敵を待ち受けるのは勝ち、
第五に、将軍が有能で君主が余計な干渉をしないのは勝つ。
これら五つの要点こそ、勝利を予知するための方法である。
従って軍事に於いては、
相手の実情を知って自己の実情をも知っていれば、
百たび戦っても危険な状態にはならない。
相手の実情を知らずに自己の実情だけ知っていれば、
勝ったり負けたりする。
相手の実情を知らずに自己の実情も知らなければ、
戦うたびに危険に陥る。」



 ここでは、実際の戦闘を左右する5つの要素を示している。この5つの要素を自国と敵国とで比較し、その勝敗を分析するのである。



第一の要素は戦ってよい場合、戦ってはならない場合の区別ができているかどうかである。今日で言うなれば核兵器保有の有無により判断する事も可能であろう。また、局地的な戦闘の場面において、歩兵小隊が戦車部隊に一斉突撃を行うような場合、その結果は明白であるから、極力接触を避け退路を捜し求めるのが一番の策であろう。



第二の要素は兵力の大小により異なった運用法が実践できるかどうかである。狭い入り組んだ建物内に潜むテロリストの殲滅のために重装備の山岳師団を大量に投入したり、数が物を言う広い野戦場に軽装備の特殊部隊を少数投入したところで、たいした戦果は上げることができないであろう。



第三には上下の意思統一である。作戦行動の目的が指揮官と兵員で異なっていたなら、目的の達成は困難であろう。また、各兵員の人心掌握が指揮官によって完全に出来ていないならば、窮地に追い込まれた際に、前線部隊が瓦解しバラバラに逃げ散っていくような状況も考えられる。



第四には計略を仕組み、それを敵に悟らせず待ち受ける点である。敵部隊の到着の前から狙撃兵が配置されていたならその狙撃はいとも簡単であるように、物理的に敵軍よりも早く部隊展開ができるのか、地理的に有利な条件を確保できるのか、という点である。



第五には、現地の指揮官に遠く離れた君主、現在で言うならば高級官僚や政治家が実際の作戦要領に口出ししないということである。現地では時々刻々と状況が変化するにも関わらず、紙面上だけでの判断を頼りにあれこれ命令されては、現地部隊が有効な行動を実施することは期待できない。



これに当てはまる事件として、先日の愛知県長久手市における発砲立てこもり事件が想起される。銃器を持った犯罪者に対抗するべく創設されたSAT隊員が死亡するという事態まで引き起こしたこの事件であるが、SATがそこまで脆弱な部隊であるとは考えにくい。「発砲をしない」という原則を振り回したことが、あのような最悪の結末を招いたといっても過言ではないであろう。極限の状態にいる現地部隊を不合理な「ひも」付きで行動させることの危険性を学ぶ教訓とすべき事件である。



その次の段階として、これら五つの要素を、「彼」と「己」で比較する必要がある。これらの戦略的情報は、敵国によって秘匿されていることは明白であるから、様々な手段を活用して情報収集を行う必要がある。先の段で述べられたように、戦争の前段階における様々な活動により実際の戦闘を地均しする必要性があるのと同様に、ここでも、あらゆる情報収集活動を行い、戦闘行動の補助とするべきことが述べられている。



何の情報もなしに敵軍と対峙したところで、無用な自軍の損害を増長させるだけであるからである。それと同様に、自軍の評価もまた重要である。敵国にあって自国にないものは何か。弱点はどこか。そういった過程を繰り返す事によって、自国の決定的な弱点が補強されていく事となる。



しかし、「およそ人間にとって、自己の欠点やら弱点やらを眼前に突きつけられ、それらをすべて認めるよう強要される事は、甚だしい苦痛である。」(本書より)自国の欠点、弱点の克服の課程は、その弱点などを認識することから始まるが、その現実から目を背けようとする人間の本質が大きな落とし穴となる。これが自己正当化や弁護へと繋がり、結局は何らの対処も行われないという結果に結びつく場合がある。この事を見落としたならば、「己を知る」ことはできず、「百戦をして危からず」という結果は得られないであろう。「彼」、つまり敵とは、敵国とは別に、「己」の中にも存在しているのではないかということも考えられる。


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第十段「上兵は謀を伐つ」


本日も孫子の続きを。

「そこで軍事力の最高の運用法は、敵の策謀を未然に打ち破ることであり、その次は敵国と友好国との同盟関係を断ち切ることであり、その次は敵の野戦軍を撃破することであり、最も拙劣なのは敵の城邑を攻撃することである。城を攻囲する原則としては、櫓や城門へ寄せる装甲車を整備し、攻城用の機械装置を完備する作業は、三ヶ月もしてやっと終了し、攻撃陣地を築く土木作業も、同様に三ヶ月かかってやっと完了するのである。将軍が怒りの感情をこらえきれず、攻撃態勢の完了を待たずに、兵士達に一斉に城壁をよじ登って攻撃するよう命じ、兵員の三分の一を戦死させても一向に城が落ちないという結果に終わるのは、これぞ城攻めがもたらす災厄である。
 それゆえ軍事力の運用に巧妙な者は、敵の軍隊を屈服させても、決して戦闘によったのではなく、敵の城邑を陥落させても、決して攻城戦によったのではなく、敵国を撃破しても、決して長期戦によったのではない。必ず敵の国土や戦力を保全したまま勝利するやり方で、天下に国益を争うのであって、そうするからこそ、軍も疲弊せずに、軍事力の運用によって得られる利益を完全なものとできる。これこそが、策謀で敵を攻略する原則なのである。」



 この段でも同様に、「戦争」と「戦闘」は分離して検討されている。クラウゼビッツの言葉にあるように、「戦争は政治の延長である」。敵国に謀略活動を実行すること、及び敵国が自国に攻め込もうとする為に実行する様々な行動を未然に防止することから「戦争」は始まっている、とここでは述べられている。つまり、外交の段階における敵国に対する情報活動、及び国内の防諜活動が先ず念頭に置かれる。



例えば、敵国(A)が自国(B)の国際的評価を貶めたり、国際的又は地域的に(B)を孤立させたりするような外交活動を行うことが考えられる。それは歴史的観点からの誹謗中傷であったり、殊更に軍事的膨張を騒ぎ立てるような活動であるかもしれない。そういった外交活動を後押しするのが(B)国内の世論である。その世論を(A)に有利なように仕向ければ、自ずと(B)の国力は弱まり、その軍事力の発動を不可能にすることも容易となる。前記の「民間防衛」の記述にあるように、社会的に有力な立場の人間を(A)側に有利なように抱き込めば、(B)国内の民衆の世論を誘導する事はいとも簡単である。



その例として、(B)国内のテレビ・新聞などの大メディアが連日のように(A)に有利な報道を行い、そして(A)に同調した議員が(A)に有利な立法活動を行い、教職者が(B)国内の独立心を削ぐような教育を施し、行政機関内の(A)同調者が戦略的情報を漏洩するなど背信的行為を行うことを考えれば、それは想像に難くない。こういった「内なる崩壊」を巧妙な宣伝活動によって促すことにより、長きに渡る全面戦争を経ずして(B)の併呑すら可能となる。そういった活動から自国を守るのも「戦争」の一形態であり、そういった活動を敵国に実施する事により自国の利益を伸張するのも「戦争」の一形態である。これらの活動を行うのに有効な手立てを持たない国家は、その時点で敗北の前段階にいるのではないかと考えられる。



このような外交的謀略活動のほかに、敵国とその友好国との同盟関係を断ち切ることが述べられている。自国が戦争を仕掛けようとしている場合、または仕掛けられようとしている場合に、敵国がある国家と同盟関係を有しているならば、その二国を同時に相手にしようとするのは明らかに愚策である。特にその同盟関係を頼りに自国への戦争を意図している場合であれば、その同盟関係を絶つことができれば、直接的な戦闘を経ずして自国を防衛する事が可能となる。また、同盟関係を頼みとして自国防衛を行っている国に侵攻する場合、その同盟関係を離間させることによって、より少ない戦力での撃破が可能となる。



こういった活動の次に野戦軍との戦闘を行い、その後に攻城戦をすべき事が述べられている事に鑑みて、この段では戦争においては戦力をできる限り行使せずに敵を屈服させるべき事が述べられている。上記のように、敵国との全面戦争を経て、自軍に多大な損害を出した上で敵国を焦土化したとしても、そこから得られる利益は限りなく少ない。



そこで、「戦わずして」敵を屈服させるために謀略活動を用いるべきことが述べられている。但し重要な点として、そのような活動の裏づけとして軍事力が必要なのは自明の事柄である。戦力が脆弱である事を敵国に見透かされた状態でこのような活動を行ったとしても、単に小手先のものとしか見なされず、大きな効果を発する事はない。敵国との全面戦争を覚悟しながら、それを回避するために様々な方策を尽くす一環として、これらの間接的な手法が用いられなければならない。



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「戦わずして人の兵を屈する」

ご無沙汰しておりました。

修士論文の執筆に当って、連載特集として「孫子兵法」を取り上げます。

二千年の普遍性は、現代にも通用する原則。

私も中国は大嫌いですが、

まあ、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」

孫子が述べるように、

敵の戦略というのを学んでみましょう。



以下浅野裕一孫子』による。 

 孫子兵法では、実際の戦闘行動における戦術の他に、平時、戦時における諜報活動、工作活動、宣伝活動の必要性を説いている。現代においても、諸国の国家実行としてこれらの活動が行われている。では国家は何故こういった諜報活動、工作活動、宣伝活動を行うのか。戦術学の原点とも言えるこの孫子兵法から、その理由を検討してみたい。



第三章謀攻編

第九段「戦わずして人の兵を屈する」

孫子は言う。およそ軍事力を運用する原則としては、敵国を保全したまま勝利するのが最上の策であり、敵国を撃破して勝つのは次善の策であり、敵の軍団を保全したまま勝利するのが最善の策であり、敵の軍団を撃破して勝つのは次善の策であり、敵の旅団を保全して勝利するのが最上の策であり、敵の旅団を撃破して勝つのは次善の策であり、敵の大隊を保全して勝利するのが最上の策であり、敵の大隊を撃破して勝つのは次善の策であり、敵の小隊を保全して勝利するのは最上の策であり、敵の小隊を撃破して勝つのは次善の策である。従って百たび戦闘して百たび勝利を収めるのは、最善の方策ではない。実際に戦闘せずに敵の軍事力を屈服させることこそ、最善の方策である。」



この段で第一に述べられているのは、「戦争」とは実際の戦闘によって勝利するのが最善の方法なのではないということである。


百戦百勝することは、実際の戦闘行動においては最も重要なことであるが、それには必ず自軍の消耗及び損害が付随し、その多大な経済的損失の上で戦争目的を達成したとしても、得られた利益と比較した場合、損失のほうが大きい場合もある。


また、敵国領土の獲得が戦争目的であった場合、長期の戦闘行動により当該領土が焦土化し、自国にとっての戦略的利益が消失するということも考えられる。


そして、敵国軍を保全したまま勝利したならば、その兵力を自軍に編入する事により、自軍を更に強大化し、さらなる国益の追求を行うことができる。


その為、実際の戦闘行動を行わず、様々な謀略活動を実行し、敵国の軍事力を沈黙させることが最も良い方法であり、完全な勝利なのである。従ってこの段で述べられたのは自国から敵国に向けての謀略活動の必要性を説いたものである。


 
スイス政府編「民間防衛」にも同様の記述がある。



「敵は同調者を求めている」

「ヨーロッパ征服を夢みる、ある国家の元首が、小さなスイスを武器で従わせるのは無駄だと判断することは、だれにも納得できる話である。単なる宣伝の力だけでスイスをいわゆる「新秩序」の下に置くことができると思われるときに、少しばかりの成果をあげるために軍隊を動かしてみたところで、何の役に立つだろうか。


国を内部から崩壊させるための活動は、スパイと新秩序のイデオロギーを信奉する者の秘密地下組織をつくることから始まる。この地下組織は、最も活動的で、かつ、危険なメンバーを、国の政治上層部に潜り込ませるようとするのである。彼らの餌食となって利用される「革新者」や「進歩主義者」なるものは、新しいものを待つ構えだけはあるが社会生活の具体的問題の解決には不慣れな知識階級の中から、目をつけられて引き入れられることが、よくあるもんだということを忘れてはならない。


数多くの組織が、巧みに偽装して、社会的進歩とか、正義、すべての人人の福祉の追求、平和という口実のもとに、いわゆる「新秩序」の思想を少しずつ宣伝していく。この「新秩序」は、すべての社会的不平等に終止符を打つとか、世界を地上の楽園に変えるとか、文化的な仕事を重んじるとか、知識階級の耳に入りやすい美辞麗句を用いて・・・・・。

不満な者、欺かれた者、弱い者、理解されない者、落伍した者、こういう人たちは、すべて、このような美しいことばが気に入るに違いない。ジャーナリスト、作家、教授たちを引き入れることは、秘密組織にとって重要なことである。彼らの言動は、せっかちに黄金時代を夢見る青年たちに対して、特に効果的であり、影響力が強いから。
また、これらのインテリたちは、ほんとうに非合法な激しい活動はすべて避けるから、ますます多くの同調者を引きつけるに違いない。彼らの活動は、”表現の自由”の名のもとに行われるのだ。」



これを我が国の実情に当てはめてみればどうか。


日米安全保障条約締結反対運動に始まった共産主義的非合法活動から現代に至るいわゆる「市民活動」「平和活動」など、これらの活動がもたらす結果が誰を、あるいはどの国家の利益になるかを検討すれば、その活動の意図は明白なものとなるであろう。



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