第十三段「彼を知り己を知らば、百戦して危うからず」


本日はかの有名な、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」です。


様々な分野、ひいてはエンターテイメントの世界においてまで引用されるこのフレーズ。


じっくりと理解すれば、実生活にも役立つでしょう。



 「そこで、勝利を予知するのに五つの要点がある。
第一に、戦ってよい場合と戦ってはならない場合とを分別しているのは勝ち、
第二に、大兵力と小兵力それぞれの運用法に精通しているのは勝ち、
第三に、上下の意思統一に成功しているのは勝ち、
第四に、計略を仕組んでそれに気付かずにやってくる敵を待ち受けるのは勝ち、
第五に、将軍が有能で君主が余計な干渉をしないのは勝つ。
これら五つの要点こそ、勝利を予知するための方法である。
従って軍事に於いては、
相手の実情を知って自己の実情をも知っていれば、
百たび戦っても危険な状態にはならない。
相手の実情を知らずに自己の実情だけ知っていれば、
勝ったり負けたりする。
相手の実情を知らずに自己の実情も知らなければ、
戦うたびに危険に陥る。」



 ここでは、実際の戦闘を左右する5つの要素を示している。この5つの要素を自国と敵国とで比較し、その勝敗を分析するのである。



第一の要素は戦ってよい場合、戦ってはならない場合の区別ができているかどうかである。今日で言うなれば核兵器保有の有無により判断する事も可能であろう。また、局地的な戦闘の場面において、歩兵小隊が戦車部隊に一斉突撃を行うような場合、その結果は明白であるから、極力接触を避け退路を捜し求めるのが一番の策であろう。



第二の要素は兵力の大小により異なった運用法が実践できるかどうかである。狭い入り組んだ建物内に潜むテロリストの殲滅のために重装備の山岳師団を大量に投入したり、数が物を言う広い野戦場に軽装備の特殊部隊を少数投入したところで、たいした戦果は上げることができないであろう。



第三には上下の意思統一である。作戦行動の目的が指揮官と兵員で異なっていたなら、目的の達成は困難であろう。また、各兵員の人心掌握が指揮官によって完全に出来ていないならば、窮地に追い込まれた際に、前線部隊が瓦解しバラバラに逃げ散っていくような状況も考えられる。



第四には計略を仕組み、それを敵に悟らせず待ち受ける点である。敵部隊の到着の前から狙撃兵が配置されていたならその狙撃はいとも簡単であるように、物理的に敵軍よりも早く部隊展開ができるのか、地理的に有利な条件を確保できるのか、という点である。



第五には、現地の指揮官に遠く離れた君主、現在で言うならば高級官僚や政治家が実際の作戦要領に口出ししないということである。現地では時々刻々と状況が変化するにも関わらず、紙面上だけでの判断を頼りにあれこれ命令されては、現地部隊が有効な行動を実施することは期待できない。



これに当てはまる事件として、先日の愛知県長久手市における発砲立てこもり事件が想起される。銃器を持った犯罪者に対抗するべく創設されたSAT隊員が死亡するという事態まで引き起こしたこの事件であるが、SATがそこまで脆弱な部隊であるとは考えにくい。「発砲をしない」という原則を振り回したことが、あのような最悪の結末を招いたといっても過言ではないであろう。極限の状態にいる現地部隊を不合理な「ひも」付きで行動させることの危険性を学ぶ教訓とすべき事件である。



その次の段階として、これら五つの要素を、「彼」と「己」で比較する必要がある。これらの戦略的情報は、敵国によって秘匿されていることは明白であるから、様々な手段を活用して情報収集を行う必要がある。先の段で述べられたように、戦争の前段階における様々な活動により実際の戦闘を地均しする必要性があるのと同様に、ここでも、あらゆる情報収集活動を行い、戦闘行動の補助とするべきことが述べられている。



何の情報もなしに敵軍と対峙したところで、無用な自軍の損害を増長させるだけであるからである。それと同様に、自軍の評価もまた重要である。敵国にあって自国にないものは何か。弱点はどこか。そういった過程を繰り返す事によって、自国の決定的な弱点が補強されていく事となる。



しかし、「およそ人間にとって、自己の欠点やら弱点やらを眼前に突きつけられ、それらをすべて認めるよう強要される事は、甚だしい苦痛である。」(本書より)自国の欠点、弱点の克服の課程は、その弱点などを認識することから始まるが、その現実から目を背けようとする人間の本質が大きな落とし穴となる。これが自己正当化や弁護へと繋がり、結局は何らの対処も行われないという結果に結びつく場合がある。この事を見落としたならば、「己を知る」ことはできず、「百戦をして危からず」という結果は得られないであろう。「彼」、つまり敵とは、敵国とは別に、「己」の中にも存在しているのではないかということも考えられる。


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