第六十一段「敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」


ここからは、下にもありますが「用間」、つまりスパイの運用法についての検討です。

いかに情報収集活動が重要なのか。

いかに敵の情報収集活動を防止することが重要なのか。

これについて考えていきましょう。


第十二章 用間編
 ここでは「用間」、つまり間諜の運用法について特に述べられている。二千年もの昔にこのようなスパイの研究がなされていたというのは驚くべき事であるが、現代においてもその本質は古びたものではない。原則というものを提示しているからこそ、現代においても活用すべき点が多々あると考えられる。以下、用間編の全編を検討していきたい。



第六十一段「敵の情を知らざる者は、不仁の至りなり」



孫子は言う。およそ十万規模の軍隊を編成し、
千里の彼方に外征するとなれば、
民衆の出費や政府の支出は、
日ごとに千金をも消費するほどになり、
遠征軍を後方で支えるために朝野を問わず慌しく動き回り、
物資輸送に動員された人民は補給路の維持に疲れ苦しんで、
農事に専念できない者たちは七十万戸にも達する。こうした苦しい状態で数年にも及ぶ持久戦を続けた後に、
たった一日の決戦で勝敗を争うのである。



かくも莫大な犠牲を払い続けながら、
ただ一度の決戦に敗北すれば、
これまでの努力すべてが一瞬のうちに水の泡と消えてしまう。
それにもかかわらず、
間諜に爵位や俸禄や賞金を与える事を惜しんで、
決戦を有利に導くために敵情を探知しようとしないのは、
民衆の永い労苦を無にするもので、
民を愛し哀れむ心のない不仁の最たるものである。
そんなことではとても民衆を統率する将軍とは言えず、
君主の補佐役とも言えず、
勝利の主催者ともいえない。
だから、
聡明な君主や智謀の優れた将軍が、
軍事行動を起こして敵に勝ち、
抜群の成功を収める原因は、
あらかじめ敵情を察知するところにこそある。
事前に情報を知ることは、
鬼神から聞き出して実現できるものではなく、
天界の事象になぞらえて実現できるものでもなく、
天道の理法と付き合わせて実現する事もできない。
そうした神秘的方法によってではなく、
必ず人間の知性の働きによってのみ獲得できるのである。」
 


実際に戦争を開始する段になると、その戦闘規模にもよるが、現代であれば陸海空軍及び海兵隊を戦時編成し、それを敵地に派兵していくには莫大な予算が必要となる。そして民衆は戦時経済の統制下に置かれ、重税に苦しむ。また避難訓練や消火活動などの民間防衛業務に忙殺され、本来の業務に従事することが非常に困難となる。また、その形態が全面戦争であればこのような困窮状態が数年にも及ぶ。にもかかわらず、その勝敗を左右するただ一度の決戦に敗北したならば、戦時中の多大な犠牲や支出は全くの無駄だったこととなる。



そこで、孫子はスパイによる情報活動の重要性を説く。スパイに対する身分保障や対価の拠出を惜しんで敵情の把握を行わないことにより、逆に上記のような損害を被ることを述べている。そのような意思決定を「不仁の最たるものである」と口を極めて排撃しているように、情報収集活動を戦争の不可欠な要素として位置づけている。また、それは軍事行動の成否を左右するものでもある。「彼を知り己を知らば百戦して危うからず」との記述があったように、敵情把握と自己評価なしには戦闘行動における勝利は得られないのである。また、その情報収集活動の手法についても、神仏に祈ったり、星や太陽の動きから情報が得られるのではなく、実際の人間の活動によってのみ得られるという、当時としては非常に画期的な、現実的な視点を持って述べられている。これは現代においても、人的情報収集(HUMINT)が結局は決定的な鍵を握ると考えられている事にも通じる思想であろう。


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